確かに憲法上公務員の就職活動の自由とかは制限されていますが・・・
別に刺青入れた人が公務員として仕事していても良いと思いますけど。 そりゃあ、あの人達は私達国民のお金で生活していらっしゃいますけど、別に刺青自体違法なわけじゃないし。 私は結構刺青入れた人たちとつるんでいたので何とも思わないだけで、普通の人たちは、刺青入れた人=恐い人、というイメージが出来上がってしまっているんでしょうかね。。 まあ私がつるんでいた、刺青入れた人たちというのは、アメリカ人ですけどね。みんな朗らかで楽しい人達ばかりでしたよ。 とにかく、その児童なんとか、とかいう部門にいた人個人に問題があって、でたまたまその人が刺青入れてたというだけで、これからは刺青入れた人はいっさい公務員として働いてはいけません、なんていうのは行き過ぎ以外の何物でもないと思うのですが、いかがでしょうか。 そもそもなんで刺青があんまり歓迎されていないのか、理解できません。 親からもらった体に傷をつけるなということ? そういえば昔私が付き合ってた人は、私がピアスを開けることも反対してたよな。 刺青だってアートじゃないんですかねー。 何か途方もなく大きいことを変えると、そこで一つの時代が終わるのだ。
今日、決断した。なにを? 病院だ。動物のね。 今日まで世話になった病院は、昔飼っていた猫のガンをきっかけに通うようになった。 あれは9年前だ。その頃私には1歳の猫がいた。 その子が去勢してからというものの病気がちで、とある病院によく通っていた。 そんなによく通っていたのに、そこの病院はうちの猫のガンをなかなか見つけてくれなかった。 見つかったときは手遅れ。 そして俄にその病院に不信感を抱き、動物病院の本で別の病院を見つけ、お腹を開けてもらったのだ。 しかし手遅れ。お腹の中は、手術に立ち会った素人の私が見ても絶望的なものであることが分かった。 そうして彼は、その1週間後に逝った。 ただ、悲しい結末で終わったが、私達はその2つ目の病院の院長が気に入り、今いる猫もずっとそこにお世話になっていた。今いる子は、彼がなくなる4ヶ月前に我が家にやってきた。 彼女は今年9歳になった。そして今まで病気らしい病気もせず、病院には年に1回接種する予防注射などで世話になるぐらいだった。 そんな彼女は最近、肝臓の数値が高い。 当たり前のことなのかもしれないが、その病院の良し悪しは、ヒトを含めて動物の体調が悪くなってからでないと判断できない。 肝臓の数値が高くなってから半年ぐらい経つが、今の病院では良くならないということがわかってきたのだ。 しかもそれだけではなく、その病院の院長以外の医師やスタッフに、全幅の信頼を寄せることができなくなってきた。そんな出来事を今日、味わってきた。 「変える」ということには勇気がいる。 「変える」という決断をして、それで悪い方向に行ったらどうする? そんなことを考えると、「変える」ということに二の足を踏んでしまう。 しかし、私達は病院を変えることを決意した。9年間世話になったけど、私達は、国道をゆく沢山の車を見ながら一生懸命考えて、決意した。 この子を守ってやれるのは、私達しかいないのだ。引き受けた命は、自分の命と同等に扱う義務があるだろう。 美しい料理で客の目と舌を楽しませてくれる料理人
素晴らしい容姿と歌と踊りで観客に夢を与えてくれるジェンヌたち 耳と心に染み入る音を奏でてくれるピアニスト 神業のような手術を成功させる医者 お年寄りに席を譲る金髪のお兄ちゃん 安堵の空間溢れる建物を設計する建築家 人間に癒しを与えてくれる動物たち 私を愛する物好きな男性 40過ぎても夢を諦めない赤毛のコンビニお兄ちゃん スポーツで見る者に感動を与えてくれる選手たち みんなに拍手。 やっぱり香典を送ることにしました。
彼、とここでは言っておきますが、その人のお母さんが亡くなりました。 合同で渡すことが決まっているのに、更に個人的に送るのはどうしよう、という間柄ではあるのですが、気になるので送ることにしました。(そういえば先生が飼っている猫のダイエット薬を先生と一緒に飲んだという意味では特別な間柄でもあります。) 彼は50歳ですが、人間いくつになっても親が死ぬというのは悲しいものなんですね。電話で報告を受けたあと、彼は泣いていたそうです。 27日、彼を含め数人とご飯を食べているとき、隣りですごく楽しそうに人の結婚相手を思案していたときの顔が思い浮かばれます。 また、東京上野においしいラーメン屋があるという話、、すき家の話、松屋の話、吉野家の話・・・今思い出すと食べ物の話ばかりで(しかも牛丼がメインw)、不謹慎にも笑ってしまうのですが、そのときの彼の心底楽しそうな顔を思い出すと、その数日後にこんな悲しいことが待ち受けているとは・・・本当に酷な話です。 もちろん食べ物の話だけではなく、仕事に関することでも、最近は色々彼に教えてもらうことが多くなってきたのも事実です。彼はその道では年齢の割にかなり凄い人で、今まではなんとなく取っ付きにくい印象があったのですが、最近なんとなく打ち解けるようになってきました。お母さんが亡くなる前日の夜や、亡くなる当日も、訃報の知らせを受けるまで、私は彼に色々なことを教えてもらいました。紙に向かっているときの彼の顔は真剣そのもので、ラーメンの話をしているときの顔とは全然違うんですよね。また不謹慎にも笑ってしまいます(笑)。 こんなことを思い出しているうちに、不覚にも涙が出てきてしまいました。私が香典を送ろうと思ったのは、この涙のためです。 早く結婚相手を見つけて、墓前に報告してお母さんを安心させてあげてください。なんて、余計な一言も胸中をよぎってしまいました(笑)。あの人なんか良いんじゃないのかな。彼女結婚してるのかしら。
私は今まで2回、青虫を育てたことがあります。
最初の青虫は、キャベツに付いていたのですが、それは飼育に成功して、立派な蛾になりました(笑) 蝶々には、なってもらえませんでした。。でも、生まれたての蛾は、小さくて羽がフサフサでした(触ることはできなかったけど)。 2回目は、これもやはりキャベツに付いていました。今度は名前を「ゆり」と名づけ、大切に育てたのですが、脱皮に失敗。皮が体の半分までしかめくれず、後ろ半分が皮の中に入ったまま、それでもその状態で1週間ほど生きてくれましたが、やがて亡くなりました。私は泣く泣くマンションの下にある植え込みの土に埋めてあげました。 そして3回目は今日。 今朝は疲れが残っていたので、近くのジョナサンでご飯を食べ、帰宅。 実は昨日まで仕事の関係で遠出しており、そこで送った荷物が午前中届いたので、帰宅したあとそれを片付けていました。 片付けも終わり、ふと足を見ると・・・ ズボンに青虫がー! いつ?、どこで?と思いましたが、目の前に青虫がひっついているのは事実なので、「ゆり」以来使っていなかった青虫の家と、レタスとキャベツを慌てて用意しました。 でも、食べてくれない・・・。 なんか、弱ってるっぽいんですね。体は結構大きいのですが、色が薄い。 でも、なんとか頑張ってほしいです♡ 「ゆり」のときは、可愛くて結構手のひらに乗せて体を触ったりしていたのですが、脱皮に失敗したのがその触りすぎが原因とも言えなくもないかなと思うので、その反省を踏まえて極力触らずに見守っている次第です。 ![]()
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